8/22 Day.7
もう7日もたつんだな。初めて寝坊をしたよ。ある意味うれしい。慣れてきたのかな。8時に起きた。良く寝た。そのまんまダッシュで事務所へ。すぐにネットカフェ(ネットカフェというと違和感がある。パクテックと言うところ。カフェじゃないよ。一部のNGOしか使えないし。)に行き、メールを確認。必要なメールを送り、即ASCHIANAへ。すでに子どもたちはたくさんいて、いつもの日常がはじまっていた。私が到着すると、相変わらず授業は中断。音楽のクラスになる。今日はアフガンの音楽を持ってきてもらい、みんなで聞いた。そして、踊った。おもろ。なにげに義足の子が一番うまい。先生にこんなんでいいのかと聞くと、先生が足りないからちょうどいいそうだ。次はベーシックのクラスへ。ここは女の子だけ。男の子のベーシッククラスは別。このクラスは、昨日も行っただけあって、先生は大歓迎してくれた。変な握手の仕方も教わった。んで、勝手に教室の席につくと、ダリ語の授業。もうどったんばったん。ちょうどAINAの人が来ていて、私とそのクラスの様子を見て不思議そうな顔をしていた。おもろ。「あなたは子ども?」と聞かれた。迷わず「YES」と言ってやった。そういえば、この国では大人と子どもが一緒に遊んでいるところを見たことがないな。
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今日もジャーナリストが来ていた。あと、AINAが取り組んでいる、アフガン人女性ジャーナリスト育成プログラムの人たちが来て、取材をしていた。彼らの時の方が、自然だ。外国人記者の時は子どもたちの表情は硬い。彼らは写真だけ撮っていく。子どもたちと話をしようとはしない。その子どもは義足をしている。彼はそれにすら気づかなかった。何を写真におさめていったのだろう。映像も同じだ。ブルカを脱ぎ捨てた女性を写し、自由が戻ったと報じる。今でさえ、ブルカを着ていない女性は100人に1人くらいだ。強制などされなくても、着ているものなのだ。もしくは、今でも強制されているのだ。それはその家の中の「きまり」だろう。あ、停電。いつものこと。今日は私の荷物を置いておく部屋ができた。最初、先生たちは何度もやってくる私を不思議に思っていたようだ。新聞記者?ジャーナリスト?観光?NGOスタッフ?といった感じだろうか。まぁ、どれでもないが、どれでもある。今日は、音楽の先生。それと、ベーシッククラスの生徒だった。ほげ。ナンに小石が。ガリッだって。おえ。イモはうまい。夕方、デイビットと合流。29日のコンサートのすりあわせ。いろんなアイデアを出し合った。800人分のアイスクリームを用意する?40ドル(5000円)くらいでできる。ちゃんとお皿に入ったハロハロみたいなやつね。14時からだし、外だし、暑い。ステージをどうやって作る?音響を誰に頼む?人脈人脈。もちろん、直接会いに行く。ちなみにカブール中心地以外は、地名しかなく、住所はない。一度行かなくては、絶対にわからない。初めて民家の密集した場所に入った。くさい。これはすごい。こんな映像や写真は見たことがない。これが現実だ。ここに生活がある。
もちろん、アポなしなので、あえなかった。伝言をたのみ、コンチネンタルホテルへ。ここは西カブール方面にあり、もっとも破壊されている地域だ。見に行くことはできなかった。コンチネンタルホテルは丘の上にあり、カブールを見渡せる。ここはインターネットができる。OSも新しいのがある。他では考えられない環境だ。ほとんどの家には電話がないのだから。ここは首都カブール。メールをチェック。そのまま帰る。きれいな夕日を初めて見ることができた。丘の上だからだ。下はスモッグで曇っている。排気ガスと砂埃だ。ホテルに戻った。疲れた。シャワーを浴びている間に、会いに行った人が来てくれたらしい。だが、私たちが部屋にいないので、帰ったそうだ。インシャアラー。また明日出直そう。一人の人間と会うことが難しい。それにしても疲れた。
ふと気がつくと、アフガン人よりも汚い格好をしている。しゃれにならん。ホテルのレストランで、今日のレポート(?)と写真の整理。ご飯を食べながら。食事にはもう慣れた。慣れというのはこの国ではあきらめという言葉に近いかもしれない。あるものに満足するって大切だね。これはホントに実感。価値観変わるよ。うわぁ、今日はトマトがあるよ!!!野菜だ野菜!!!超感動!!!といった感じだ。持ってきた「焼き梅」(カンロ)はごちそうだ。もうしばらくとっておこう。
ホテルのレストランにビリヤードの台が作られた。壁をペインティングしている。まぁ、監獄のようなホテルだけどね。外国人向けのホテル。遊びも必要な気持ちもわからないでもない。そうでなくては、どうかしてしまうよ。夕食と一緒に買った1.5ペットの水がなくなった。ルフィの気持ちが少しわかったような気がする。(わからない人は気にしないでほしい。私は彼が好きでね。笑。)あぁ、アイスが食べたい。売ってるけど、食べたらおなか壊すんだろうなぁ。どうなんだろう。試してみようかな。。。
しばらくすると、さっきの彼がもう一度来てくれた。8時くらいだっただろうか、簡単に説明をして、必要な機材について、もしできるなら、彼本人にも出演してもらえないかと言うこと。なんといっても、地元アフガンの音楽の方が重要だ。すると彼が、一度家のスタジオまで来いという。スタジオまであんのか!!!???そいつはすごい。いつならあいてる?明日は?と、せっかちに聞いてみた。逆に今からは?と聞き返された。こんな人もいるんだね。さっさと荷造りをして出発。真っ暗な町をぬけ、ちょこっと郊外へ。夜になると野犬が現れる。すごくたくさん徘徊してる。そして、突然道路からそれて、壊れた壁の隙間を縫うようにゆっくりと車が進んでいく。まるで廃墟のような壊れた壁。しかし、所々に四角く建物があり、明かりがついている。なるほど、ここがホントのカブールだ。電灯も何もないが、満月の月明かりのおかげで周りがよく見える。彼の家は、土で作られた塀で囲まれていて、入り口はコンテナの扉の部分だけをくっつけたものだった。手作りだね。中にはいると、庭があり、結構いい家が建っている。かなり裕福な方なのだろう。スタジオというのは、結構しっかりしたもので、機材は今まで見た中で最上のもの。そこで、ミニライブを開催。彼のオリジナルや、アフガンのクラシック音楽。いろいろ聞いた。そして、具体的な話を詰めていった。重要な点は、子どもたちのために。参加型にすること。最初のプランでは、ただ、日本のアーティストがコンサートをすることしかできない。それを大幅に修正。なんだか、日本にいるときと同じことをアフガニスタンでもやっている。しかも、すべて人脈で解決してしまっている。デイビットに会ったこと。アシアナに深く関わったこと。同じ夢を持っていたこと。遅くまで語り合ったこと。それがこの出会いを持ってくる。そして、出会いがすべてをつないでいくのだ。
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スピーカーやマイク、キーボード、ミキサー。いろいろある。とてもいい。笑えるのは、ミラーボール(ディスコとかにあるようなやつ。名前あってる?ディスコは死語?若い人、教えて。)もあった。最後には、スモークマシン。これはマジで笑った。この人個人で何やってんの?おもろ。スモークマシンは、アフガンでは本当に珍しく、こないだ、結婚式で使ったら、逃げ出した人がいたそうだ。おもろ。ぜーんぶ使っていいそうだ。さてさて何ができるかな。いろんな話をしているうちに、ASCHIANAの子どもたちと、デイビットで作ったミニ劇団が彼の音楽に合わせてアフガンの踊りをやろうということになった。すばらしい。毎晩練習するよ。本番まで1週間。あはは。私はいつもこんな感じだ。ついでに私も踊ることにした。これはホントに笑えるかも。とりあえず、あまりにたくさんのことがいっぺんにはじまりすぎた。頭の中を整理しなくては。明日は早起きして、いろいろと調整に走らねば。明日は金曜日。休日。誰の休日?
あ、ちなみにデイビットはイラン生まれのデンマーク人。子どものころから、アフガンに2年、パキスタンに3年。などなど。どおりで何カ国語もしゃべれるわけだ。頭はボーズだよ。