8/24 Day.9
寝坊した。7時30分に起きた。さっさと飯を食った。さっさと事務所に行き、パクテックでメールをすませ戻る。「He is dead.」たった一言、告げられた。昨日中華もどきレストランで会ったのが最後になった。オーストラリア人のジャーナリストが逝った。ハイテクマンの名付け親、いつも私のギターを弾いていたスペイン人は重傷。交通事故だそうだ。安いドライバーを雇ったらしい。あの悪路で、無謀な運転をしたのだろう。もう帰らぬ人。誰もがその事実だけを受け止め、一日はいつもの通り動いていく。毎日のようにこうして誰かが消えていく。どこの国でも、毎日数人の人が事故で死んでいく。この国では人が死ぬことはあまりも日常化しすぎているのだろうか。いつも顔を会わせ、一緒にご飯を食べたこともある人が、いなくなってしまう。インシャアラー。インシャアラー。インシャアラー。どうかしてる。この言葉を使うと、どういうわけか納得してしまうのだ。気が変になったのか?彼には家族だっているだろう。インシャアラー。しかたがないことだ。どうしたって、彼は戻らない。その事実は変わらない。だから、インシャアラー。すべてを受け入れるためにインシャアラー。呪文のように唱える。インシャアラー。インシャアラー。インシャアラー。不思議と落ち着いてくるのだ。どうかしてる。インシャアラー。インシャアラー。インシャアラー。
午前中は何もする気にならなかった。ただ流れるままに時間を過ごした。昼食を食べたころ、急におしゃべりになっていた。ずっと笑っていたように思う。人の悪口を言ったり、愚痴をこぼしたり、飯がまずいだの、くさいだの、ほこりっぽいだの。笑いながらそんな話をしていた。事務所に戻り、今日初めて一人でタクシーに乗り、遠出をした。マーケットに来た。ちょいといろいろ必要なものがあってね。しかし、言葉も通じない。デイビットに電話をすると、すぐ近くにいた。合流して、カブールの裏道へ。外国人は一人では絶対に行かない方がいいと言われている場所をどんどん進む。たしかに、ここは裏のカブールだ。どこででも目にするアメリカ軍の車、UNの車、警備の軍人。誰もいない。しかし、人がたくさんいて、ものがあふれている。いわゆる日常品だ。バケツや、衣類、ブルカもある。ずんずんと進む。大きな白い布を購入。子どもたちに絵を描かせてあげるためだ。アートセラピーにもなる。私も描きたい。次に仕立屋へ。私の服を作るためだ。寸法を採り、デザインを選び、色を選び、仕立屋さんと一緒に布を買いに行く。できあがりは明後日。デザインはカンダハル地方のものにした。待ち遠しい。迷路のような裏道を抜け、大通りへ。どこに入り口があったのだろう。タイタニックマーケット(このマーケットの俗称。水の無くなったかカブール川にスラムのようなマーケットが開かれている。雨が降ると全部流されてしまう。)を越え、タクシーを拾い、事務所に戻る。これからのことを打ち合わせた。
ASCHIANAに行き、子どもたちと過ごす。ダリ語を教えてもらったり、ギターを弾いたり、ただ、時間を共有した。もう帰る時間になり、先生とのこっている子どもたちと、歌を歌ってみたり、お茶を飲んだり。ただ、そんな感じ。
ふぅ。今日は頭の中がまとまらない。ふと考えてしまう。あぁ、あいつ、いない。何となく売店のおじさんの顔を見たくなった。体に悪そうなジュースを買いに行った。ホントに体に悪そうだ。飲みたいわけじゃないがなぜか飲む。身体は乾いているのだろう。すぅっと飲める。ふと思うと、狭い部屋に一人でいる、いつもは必ず誰かがいる家。どたばたと子猫もいる。ふと思いついたことをただ何となく話す。そんな人が周りにいるのは、ありがたいことなのだ。
さっき、レセプションで明日チェックアウトすると言った。別のゲストハウスに移るだけなのだが、彼は私が日本に帰るのだと思ったのだろう。「次はいつ来るんだ?」「わからない。」「また戦争が起きたらおいで。」だそうだ。もちろん冗談なのだが、こんな冗談が言える国は、どうかしてる。そう、ここはカブール。どうかしている国だ。いや、どうかしてるのは日本かもな。今日一日、生きていられたことに感謝する国と、生きるのをやめて自ら死んでいく人がたくさんいる国と。この国の人々にとって、この国の現状をどうかしてるとは思っていない。日本を客観的に見ることが私にできるだろうか。確かに、冗談で、「もう死んじゃいたい。」などと言う国も、どうかしているな。いや、どちらも普通なのかな。どうかしてると思う私がどうかしてるのかも。
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