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パキスタンからアフガンへ
思ったより早く目が覚めてしまった。眠ったのは日本時間午前3時くらい。こちらでいう夜11時。起きたのは朝の5時半。日本時間9時半にあたる。もろに時差ボケを食らっているようだ。乾燥している分、朝っぱらはまだ気温が低く過ごしやすい。雲行きが怪しく、雨が降りそうだ。その辺を散歩して水を一本買っておく。朝食は、少量のタマネギやピーマンが入っているパキスタン風のオムレツ。これが食べたかったわけだが、やはり油っこい。無糖のチャイを注文し、一服。8時半になって、Cox&Kingsのスタッフが迎えに来た。事務所へ行き、カブール行きのチケットをもらい、時間まで雑談をする。この事務所にはいろんな人が出入りする。日本人も多い。同じ日にカブールに向かうユニセフの職員と話した。治安の状態は、タリバン政権以前の状態に戻っているとのこと。ようするに、タリバン時代よりもひどいということだ。これから選挙の期間に向けて、さらに悪化するだろうと。もうしばらくすると、NGOのスタッフや、国連機関、JICAのスタッフも、自主的に休暇を取って一時帰国するらしい。そういう指示が出ているわけではないが、治安が悪化すると、どうせ仕事ができないのだからと、休暇を前倒しするのだという。
ちゃんと飛ぶかどうかわからないパキスタン航空機に、無事に乗り込み、機中でこれを書く。
イスラマバードからカブールまでは、せいぜい1時間ちょっと。カブール空港に到着。以前空港の滑走路には、まっぷたつにスライスされた飛行機や、ヘリコプターの残骸などがそこら中に積み上げられていた。今はほとんど片づけられ、代わりにアフガニスタン国軍のヘリや戦闘機、輸送機が並んでいる。完全に空軍基地の様相。ターミナルの近くまで行くと、なにやら日本国旗をつけたタラップ車、同じく日本国旗を着けたバスが向かってくる。ようするに、「日本国民からの贈り物」とかかれた乗り物に乗ってターミナルに運ばれていく。入国審査は、あいかわらずゲートも通路もない。スタンプを押してもらったものからさっさと消えていく。預けていた荷物を手に取ると、わらわらと集まってくる人々。頼んでもいないのに荷物を運ぼうとする。そのまま運ばせるとあとでお金を請求される。迎えに来てくれていたZakiと合流。小柄で優しそうな男だ。車に乗り事務所に向かう。暑い。日差しの強さは半端ではない。市内を走っていると、「復興」という言葉がよく似合う。ところどころに新しくたてられた建物や、すでにあった建物を修理している様子がある。崩れかかっていた建物を、取り壊さずに修理して使っている。ペンキでも塗ってしまえば、きれいな家のできあがりだ。公共のバスも走っていた。やはり日本の国旗をつけている。停留所にも、すべて日本国旗がついている。しかたないことなのかな。私は目立つのはキライだ。
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| まだ修理されていない建物も多い。とりあえず、MMCCの事務所へ。中庭で子どもたちが遊んでいる。イメージとしてはASCHIANAに近い。どちらかといえば、西カブールに近いこの場所はまだ電気が来ていない。夜になると発電機を動かして電気を供給する。電気があるだけ贅沢な場所だ。事務所に到着すると、昼食をとっていたスタッフたちが出迎えてくれた。なんと懐かしい顔がいる。ワイスだ。私に絵をプレゼントしてくれた17歳の彼は、今は19歳。ASCHIANAを卒業しMMCCで絵画を教える先生をしているというではないか。英語もだいぶ上達していて、私の通訳をかって出てくれる。ちょっと正確でないのがこまってしまうが、話すのが楽しい。 | ![]() |
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そのまま昼食に合流。これまた懐かしい味だ。味と言ってしまうと誤解があるかもしれないが、ようするに、「味のないナンと、味のないパラオだ。」以前はこれに醤油をかけて食べていた。ようやく醤油を忘れたことに気づき、これからの食生活に不安を感じた。市内へ出かけ、携帯電話のカードを購入、約1万円を両替し、相変わらず5〜6cmの札束になってしまった。ワイスが気を利かせて、すべてちいさな紙幣にしたためだ。町中で大きな紙幣は使えないらしい。20アフガニー札が240枚ある。そのままこっちの服を購入。以前に比べ、市場にはものがたくさんある。やはり大都市だけにモノが集まってしまう構図はどうにもなっていない。事務所に戻り、荷物の整理をする。まわりで20歳前後の悪ガキどもがごちゃごちゃと話しかけてきたり、勝手に荷物をいじろうとする。まぁ、こんなことはいつものことだ。遠巻きに見ているちびっ子たちがなんともかわいらしい。 |
| 夕方、ワイスの家に出かけることにした。彼が言うには、歩いて5〜10分とのこと。じゃぁ、行こう。と言うと、なんともうれしそうに喜んでくれた。家に行くと、どうせなにやら歓迎されてしまって、普段出さないような食べ物や飲み物を出されてしまう。正直あまり行きたくもないのだが、今や家長となった彼の顔を立てる意味もある。歩きながら昔話を聞いた。彼にはブラザーが6人くらい。シスターが同じくらいいるらしい。正確な数はよく分からない。そして、そのほとんどがどうやって死んだかを彼は教えてくれた。それにしても、いつまでたっても家に着かない。冗談であの山の上か?と聞いてみると、実はどうやらそうらしい。まいった。40分ほど歩き、最後は崖を上るような道を進み、どうにか彼の家に着いた。すでに真っ暗で足下も全く見えない。電気が来ていないので、わたしには家族の顔すら見ることができない。これじゃぁ何しにきたのやら。しばらく暗闇を相手に話をして同じ道を帰る。今日はいろんなことがあった。シャワーを浴びようにも、ちょろちょろとした水。しかも、井戸水だからか?恐ろしく冷たいのだ。飲んだら気持ちいいだろう。とうぜん腹をこわすから飲めやしない。かといってシャワーに使うには恐ろしいほど冷たい。心臓に遠いところからゆっくりと洗い、髪を洗うのはあきらめた。とにかく疲れた。もう眠ろう。明日はDavidが帰ってくるらしい。ASCHIANAにも行ってみよう。 | ![]() |
行きがけに詰め込んだ電子辞書。電池が切れていた。意外なことに必要なさそうだ。